東京地方裁判所 昭和63年(ワ)17632号 判決 1990年4月24日
原告 伊勢キクヱ
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 横松昌典
同 川名照美
被告 平賀庚司
右訴訟代理人弁護士 阿部隆彦
同 田中治
同 北沢豪
主文
原告らが、別紙物件目録記載五の土地について、囲繞地通行権を有することを確認する。
被告は、原告らに対し、別紙物件目録記載五の土地上に設置したブロック塀、門等の工作物(敷石を除く。)並びに樹木を撤去せよ。
原告らの通行地役権に基づく主位的請求及びその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。
事実
第一申立
一 請求の趣旨
1(一) 主位的請求
原告伊勢キクヱが別紙物件目録記載一の土地を要役地、原告笹岡清が同目録記載二の土地を要役地、同目録記載三の土地をそれぞれ承役地とする通行地役権を有することを確認する。
(二) 予備的請求
原告らが、別紙物件目録記載三の土地について、囲繞地通行権を有することを確認する。
2 被告は、原告らが別紙物件目録記載三の土地を通行することを妨害してはならない。
3 被告は、原告らに対し、別紙物件目録記載三の土地上に設置したブロック塀、門、敷石及び樹木等の障害物をすべて撤去せよ。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二主張
一 請求原因
1 別紙物件目録記載一ないし三の土地はもと石毛マツ(以下「石毛」という。)が所有していた。
2 (主位的主張―通行地役権)
(一) 石毛は、昭和三七年一二月二一日、原告伊勢に対し、別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地一」という。)を売渡し、その際右土地を要役地、同目録記載三の土地(以下「本件土地三」という。)を承役地とする通行地役権を設定する旨約した。
(二) 石毛は、昭和三七年四月三〇日、平野静枝(以下「平野」という。)に対し、別紙物件目録記載二の土地(以下「本件土地二」という。)を売渡し、その際右土地を要役地、本件土地三を承役地とする通行地役権を設定する旨約した。
そして、平野は昭和六一年一二月二七日に死亡し、原告笹岡が遺産分割協議により本件土地二の所有権を相続取得したので、本件土地三に対する通行地役権を承継取得した。
(三) 石毛は、本件土地一及び二の売却後、本件土地三を処分し、同土地は、平野ら、株式会社森下工務店(以下「森下工務店」という。)、被告へと順次譲渡された。よって、被告は、本件土地三の所有者として、原告らに対して通行地役権を負担している。
3 (予備的主張―囲繞地通行権)
(一) 原告伊勢が昭和三七年に石毛から本件土地一を買受けたことにより、同土地は公路に接しない袋地となった。
(二) 平野が昭和三七年石毛から本件土地二を買受けたことにより、同土地は公路に接しない袋地となった。
また、平野は、ほか四名とともに昭和五六年六月、本件土地二に接し公路に通ずる本件土地三を買受けたので、本件土地二が一旦は袋地ではなくなったとしても、同年七月、森下工務店に対し、本件土地三の共有持分を売却したから、結局本件土地二は袋地となって今日に至っている。
(三) 前記2(三)記載のとおり、石毛は、原告伊勢及び平野に対して本件土地一及び二を売却した後に、本件土地三を他に譲渡し、現在被告がこれを所有している。
(四) 本件土地一及び二は本件土地三と接しており、本件土地三は公路に接している。そして、本件土地一上には原告伊勢の親族所有の建物があり、また原告笹岡は本件土地二上に建物を所有しているが、いずれも本件土地三と接する部分以外には通路はなく、それぞれの土地から公路に至るためには本件土地三を通行するほかに道がない。
他方、被告は、本件土地三に接する別紙物件目録記載四の土地(以下「被告土地という。)を所有し、同土地上に建物を建てて居住し、本件土地三をその庭として使用している。
(五) 東京都建築安全条例三条によれば、建築敷地が路地状部分のみによって道路に接する場合には、その敷地の路地状部分の幅員はその路地状部分の長さによって定めるものとされており、本件土地一については三メートル以上、本件土地二については二・五メートル以上の幅員がそれぞれ必要となり、耐火建築物以外の建築物で延面積が二〇〇平方メートル以上のものの敷地については、それぞれ三メートル以上、四メートル以上と定められている。
(六) これらの事情からすると、原告ら所有の各袋地のためには、本件土地三全部について囲繞地通行権が発生するものと解するべきである。
4 ところが、被告は、昭和五九年ころ、本件土地三及び被告土地を森下工務店から買受け、被告土地上に建物を建築し、本件土地三にブロック塀や門を築き、更に昭和六三年八月にはブロック塀を作り直すなどし、また公道に近い部分にタイルを敷き詰め、樹木を植栽するなど、通行上の障害物を設けたため、本件土地三の通路部分はわずか六〇センチメートルの幅員となってしまった。
5 そして、被告は、原告らが本件土地三について通行地役権ないし囲繞地通行権を有することを争っている。
6 よって、原告らは、主位的には通行地役権に基づき、予備的には囲繞地通行権に基づき、本件土地三についてのそれらの通行権の確認、妨害の禁止及び妨害物の撤去を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2(一)の事実のうち、石毛が昭和三七年一二月二一日原告伊勢に対し、本件土地一を売渡したことは認め、その余は否認する。
同2(二)の事実のうち、石毛が、昭和三七年四月三〇日、平野に対し、本件土地二を売渡したことは認め、平野が昭和六一年一二月二七日に死亡し、原告笹岡が遺産分割協議により本件土地二の所有権を相続取得したことは不知、その余は否認する。
同2(三)の事実のうち、石毛が本件土地一及び二の売却後本件土地三を処分し、同土地が、平野ら、森下工務店、被告へと順次譲渡されたことは認め、その余は否認する。
3 同3の各事実のうち、原告ら所有の各袋地のために本件土地三全部について囲繞地通行権が発生することは否認し、本件土地一上の建物所有者は不知、その余は認める。
仮に原告らのために本件土地三について囲繞地通行権が発生するとしても、その範囲は、せいぜい現在被告が恩恵的に通路として原告らに提供している部分、すなわち現存するブロック塀及びその延長線と本件土地三の境界線との間の部分に限られるものというべきである。そして、被告は、本件土地三を自宅の庭として購入したものであるが、その使用に支障を来さない範囲で本件土地一及び二の居住者が本件土地三の一部を通行することを妨げるつもりはない。現に被告は現存するブロック塀と境界線との間の部分を通路として提供しており、そのブロック塀も高さ約四五センチメートルで上部は開放しているのであるから、本件土地一及び二の居住者の生活には何らの支障も来すことはない。
なお、被告が被告土地上に現存する建物を建てるにあたっては、当時の東京都建築安全条例三条の規定上、本件土地三の幅員は三メートル必要であったのである。本件土地三全体に原告ら主張の囲繞地通行権が認められ、これに基づいて原告らが本件土地三をいわゆる敷地延長として建築確認を受けると、いわゆる敷地の二重使用が認められないため、被告は被告土地上にある建物を改築することができなくなるのであって、このよう結果は囲繞地のために損害の最も少ないものを選ぶことを要するとする民法の規定の趣旨に反するものである。
4 同4の事実のうち、被告が昭和五九年ころ本件土地三及び被告土地を森下工務店から買受け、被告土地上に建物を建築し、本件土地三にブロック塀や門を築き、更に昭和六三年八月にはブロック塀を作り直すなどし、また公道に近い部分にタイルを敷き詰め、樹木を植栽するなどしたことは認め、その余は否認する。
被告は、昭和六三年に、昭和六〇年に築造したブロック塀を取り壊して、現存するブロック塀を境界線寄りに築造したが、そのときには、従来本件土地三内にその境界線に沿って存在していた幅約二〇センチメートルの側溝がなくなっていたから、ブロック塀によって区画された原告らの土地のために通路として提供している幅員には変更がなかった。
5 同5の事実は認める。
6 同6は争う。
三 抗弁
1 (原告らの通行地役権に対して)
仮に、石毛が原告伊勢及び平野に対して本件土地三を承役地とする通行地役権を設定したとしても、被告は、本件土地三の特定承継人であるから、民法一七七条所定の第三者にあたる。よって、被告は、原告らが本件土地三に対する通行地役権設定登記を具備するまではその地役権の取得を認めない。
2 (原告笹岡の囲繞地通行権の主張に対して)
(一) 平野は、昭和五六年六月、本件土地二に接し、公路に通ずる本件土地三の共有持分を取得したから、本件土地二は袋地ではなくなった。
(二) 平野は、昭和五六年七月、森下工務店に対し、本件土地二に接する本件土地三の共有持分を売却し、その結果本件土地二が袋地となったもので、自らの売却行為によって本件土地二を袋地としたものであるから、信義則上、囲繞地通行権の主張をすることはできないものと言うべきである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は認め、主張は争う。
2 同2(一)の事実のうち、平野が昭和五六年六月、本件土地二に接する本件土地三の共有持分を取得したことは認める。
同2(二)の事実のうち、平野が昭和五六年七月森下工務店に対し本件土地二に接する本件土地三の共有持分を売却したことは認め、その余は否認する。
五 再抗弁(抗弁1に対して)
被告は、本件土地三及び被告土地を買受けるにあたって、その形状及び位置関係並びに本件土地一及び二の位置関係、各土地上の建物の存在と居住の状況等からみて本件土地三が全て通路に供されていることを充分知っていたものである。従って、被告は、原告らの通行地役権の登記欠缺を主張する正当な利益を有する第三者には当たらない。
六 再抗弁に対する認否
再抗弁事実は否認する。
第三証拠《省略》
理由
一 石毛が本件土地一ないし三の土地をもと所有していたこと、石毛が昭和三七年一二月二一日原告伊勢に対し本件土地一を売渡したこと、石毛が同年四月三〇日平野に対し本件土地二を売渡したこと、石毛がその後本件土地三を処分し、同土地は、平野ら、森下工務店、被告へと順次譲渡されたことはいずれも当事者間に争いがない。
原告らは、石毛が右各売買の際に本件土地三を承役地とする通行地役権を設定する旨約したと主張するのでこの点について判断する。
前記当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》によれば、石毛は以前から、原告伊勢に対して本件土地一を、平野に対して本件土地二を、平野の妹である平野ミチ子に対して本件土地二に隣接する土地をそれぞれ賃貸し、各賃借人はそれぞれその賃借地上に家を建てて住んでいたこと、各賃借人はその賃借地から公路に出るために、石毛所有の本件土地三を通路として通行しており、石毛もこれを当然のこととして許容していたこと、石毛は昭和三七年、右賃借人等に対し、その賃借地を売却することとし、各賃借人ごとに時期を異にして契約書を交わし、それぞれ売り渡したこと、原告伊勢及び平野ミチ子の交わした契約書の記載によると、その売買契約上の特約として「私道については売買の対象外とし、他の借地人全員の売買が成立した時に、私道売渡(の条件)について協議を行うものとし、それ迄は私道の通行に関しては地主として承諾するものとする。」と定められていること、原告伊勢及び平野並びにその関係者は売買契約後も従来通り本件土地三を公路に通ずる通路として通行使用していたことが認められ、これを左右する証拠はない。
右認定事実によれば、石毛は、従来から、本件土地三を通路として、賃借人である原告伊勢及び平野らが通行することを認めていたものであるところ、昭和三七年にその賃借地を売買するにあたっては、とりあえずは本件土地三を売買の対象から除外しつつ、近い将来にこれを旧賃借人らに売り渡す予定として、それまでの間、従来通りの通行を許容したものと解せられる。
そうしてみると、石毛は、原告伊勢及び平野に対し、本件土地一及び二の売買契約に際して、同土地を賃貸していたときと同様に本件土地三を引き続いて通行することを認める旨約したものであるから、暫定的な措置として同土地の通行権(債権)を引き続き付与したと認めることはできるけれども、早晩同土地を本件土地一及び二の買受人らに売却する予定であったことからすると、すすんで物権としての排他性を有する通行地役権をその際に設定したものとまで認めることは困難と言うべきである。
そして、他に石毛が原告伊勢及び平野に対して、その売買契約に際して本件土地三を承役地とする通行地役権を設定する旨約したものと認めるに足りる証拠はないから、通行地役権に基づく原告らの主位的請求は、その他の点について判断するまでもなく理由がない。
二 次に、囲繞地通行権に基づく請求について判断する。
1 原告伊勢が昭和三七年に石毛から本件土地一を買受けたことにより、同土地が公路に接しない袋地となったこと、平野が昭和三七年石毛から本件土地二を買受けたことにより、同土地が公路に接しない袋地となったことは、いずれも当事者間に争いがない。なお、平野はほか四名とともに昭和五六年六月、本件土地二に接し公路に通ずる本件土地三を買受けたことは当事者間に争いがないので、本件土地二はその後袋地ではなくなったものであるから、その点の被告の抗弁2(一)は理由があるが、平野が同年七月森下工務店に対し本件土地三の共有持分を売却したから、本件土地二が再び袋地となったことについては当事者間に争いがないので、本件土地二のための囲繞地通行権は再び発生しているものというべきであり、これを左右する証拠はない(なお、被告の抗弁2(二)については後述。)。
そして、石毛が原告伊勢及び平野に対して本件土地一及び二を売却した後本件土地三を処分し、同土地は、平野ら、森下工務店、被告へと順次譲渡されたことは前記認定のとおりである。
そして、《証拠省略》によれば、本件土地三は被告の前主である森下工務店がこれを取得する以前から、既に原告らのための通路としても用いられており、その後もその幅員こそ狭まったとはいえ、現在に至るまでその一部が引き続き通路として使用されていること、本件土地三の地下には以前から本件土地一のために水道管及びガス管が埋設されていること、原告らの敷地から公路に通ずるために新たに別の通路を開設することは周囲に建物等の建築物が立ち並んでいて困難であるものと認められること、被告は本件土地三を現在庭として使用していること(この点は当事者間に争いがない。)が認められ、これらの事実関係からすると、その幅員についてはともかくとして、本件土地三に本件土地一及び二のための通路を開設することが囲繞地のために最も損害が少ないものというべきである。よって、原告らは、本件土地三の一部について、囲繞地通行権を有するものというべきである。
なお、被告は、平野が昭和五六年七月森下工務店に対して自ら本件土地三の共有持分を譲渡したことによって本件土地二が袋地となったものであるから、信義則上囲繞地通行権を主張することはできない旨抗弁するが、囲繞地通行権の発生に関する民法二一三条の規定は当然そのような事態を想定の上で、なお袋地のために囲繞地通行権が発生する旨規定していることから考えると、自ら袋地を作出したというだけで、当然に囲繞地通行権を主張することが信義則に反するものとは言えないことは明らかである。よって、被告の右抗弁は理由がない。
2 そこで、次に囲繞地通行権が認められる範囲について判断する。
《証拠省略》に前記当事者間に争いのない事実を総合すると、以下の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
(一) 原告伊勢及び平野は、石毛から本件土地一・二を賃借して、それぞれ建物を建てて居住していたが、その当時から、本件土地三全部(幅員三・八ないし三・九メートル前後)を、公路に至る通路として通行利用しており、本件土地一・二の所有権を取得した昭和三七年以降も同様に利用していた。なお、被告土地には芸妓組合の事務所があり、その利用者も本件土地三を公路に至る通路として通行利用していた。その後本件土地三の所有名義人が石川猛らに替わり、更に平野らに替わってからも、その利用態様に変化はなかった。そして、森下工務店が昭和五六年七月、平野らの所有にかかる被告土地を買受けるにあたり、当時同土地も公路に接していなかったため、公路に至る通路が必要となり、被告土地と所有者を同じくする本件土地三をも併せて取得することとなったが、平野らは、その売却にあたり専ら被告土地の坪数に坪単価を乗じた価格をもって、被告土地及び本件土地三の代金額と定め、本件土地三自体についての価格を特に算定加算はしなかった。
(二) 森下工務店は、昭和五九年一〇月、被告に対して本件土地三及び被告土地を、被告土地上に建てる建物と併せて売り渡したが、その当時の東京都建築安全条例によれば、被告土地上に建物を建てるにあたっては、同土地が路地状部分である本件土地三のみによって道路に接するため、路地状部分の長さが約一三、四メートルある本件土地三については原則として三メートル以上の幅員を必要としていた。そこで、森下工務店は、敷地延長部分を特定明示するために、被告土地に隣接する本件土地三上の幅員三メートル部分に板塀を設置したため、本件土地一及び二から公路に通ずる本件土地三の通路部分は幅員約一メートル弱となり、その当時は本件土地三と本件土地二との境界線に沿って幅約二〇センチメートルの側溝があったため、通路として現実に通行できる幅は七、八〇センチメートルにすぎなかった。被告は、その後、右板塀に替えてブロック塀を構築し、更に昭和六三年には、公道側のブロック塀を境界線側に近づけるように設けた。この時点では、前記側溝は既になくなっていたが、通路としての幅員は、狭いところで約六二センチメートル、広いところで約八九センチメートルとなり、現在原告ら及びその関係者らが本件土地一及び二へ行くための通路として利用しており、被告もこれを原告らの権利としてではなく、恩恵的なものとして許容している。
(三) 原告伊勢は本件土地一をその親族である桐沢らに貸し、桐沢らは昭和六三年に同土地上に建物を建築して現に居住している。本件土地一は別紙図面のハ、C、ニ点を結ぶ地点(幅約三・八八メートル)で本件土地三と接し、これを通って一三メートル余で公道に通じている。
原告笹岡は、本件土地二上に建物を所有しているが、その建物は老朽化しており、現在はこれに居住せず、その建替えを強く望んでいる。本件土地二は概ね本件土地三と約五メートル弱の幅で接しているが、その土地上に現存する建物の出入口は別紙図面のホ、ニ点を結ぶ付近にある。そして、本件土地二から本件土地三を通って八メートル余ないし一三メートル余で公道に通じている。
右各建物から公路に通じる通路としては現在本件土地三の一部のみしかなく、雨の日や荷物を両手に持って通行するときには著しい不便を強いられている。そして前記のとおり、本件土地一と公路とは約一三メートル余、本件土地二と公路とは約八メートル隔てられているので、それぞれの土地上に建物を建築する場合には、現在のところ本件土地三の一部をいわゆる敷地延長として用いるしかないが、そのためには、本件土地三の敷地延長部分は、原告伊勢については二・五メートル、原告笹岡については二メートル必要である。
(四) 被告は、被告土地を所有して同土地上の建物に居住し、同土地の敷地延長部分である本件土地三を専ら庭として利用しているが、同時に被告宅から公路に至る唯一の通路状敷地として利用している。
なお、昭和六二年に改正された東京都建築安全条例によれば、被告が本件土地三を敷地延長として被告土地上に建物を建てるとすると、その幅員としては二・五メートル必要となり、原告らが本件土地一・二に建物を建築するに当たって、右幅員部分に食い込んで敷地延長部分として本件土地三を利用すると、被告は、その部分を敷地延長としては用いることができず、被告土地上に建物を建築することができなくなるものである。
以上認定の、袋地である本件土地一及び二に現存する建物の状況を含む利用状況、囲繞地である被告土地及び本件土地三の利用状況、本件土地三が通路として利用されてきた経緯及び現在の利用状況、原告らが本件土地三を通路として利用する必要性及びこれによって被る被告側の損失を総合考慮してみると、原告らが現に宅地として利用している本件土地一及び二から公路に通ずるために本件土地三について必要とされる囲繞地通行権の範囲は、現在被告が原告らに対し恩恵的に通行を許容している六〇ないし八九センチメートルの幅員部分だけでは甚だ不十分というほかはない(したがって、その通路の存在が本件土地一及び二の袋地性を否定するものではない。)。
しかし、他方、原告らが本件土地一及び二上に建物を建築するために東京都建築安全条例の規定上必要とされる二ないし二・五メートルの幅員にまでその通行権が及ぶものとすると、将来被告の側で被告土地上に建物を建築することができなくなるおそれが大であって、被告土地とこれに隣接する本件土地三とを所有し、かつこれを一体として利用している被告に与える損害が甚だ大きくなるものであるから、この点は囲繞地の被る損害の一事由として斟酌すべきものと思われる。
従ってこれらの事情をも勘案したうえで、前記認定の事実関係を総合考慮してみると、右囲繞地通行権を許容すべき幅員としては、本件土地三のうち幅員一・三メートル部分に相当する別紙物件目録記載五の土地部分(以下「本件通路」という。)と解するのが相当である。原告らは、それ以上に本件土地三全体にわたって囲繞地通行権が及ぶ旨主張するが、他に本件通路以上に囲繞地通行権を認めるべきであるとする資料はない。
そして、被告が、原告らが本件土地三について通行権を有することを争っていることは当事者間に争いがない。
よって、囲繞地通行権の確認を求める原告らの予備的請求は、本件通路部分に限り理由があるが、その他の部分は理由がない。
3 次に、被告が本件土地三にブロック塀や門を築き、更に昭和六三年八月にはブロック塀を作り直すなどし、また公道に近い部分にタイルを敷き詰め、樹木を植栽するなどしたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、そのブロック塀及び門の位置は別紙図面記載のとおりであること、本件通路上にあるブロック塀の横に、その設置態様から見て被告の所有物と認められる鉄柱状の工作物(妨害物)があることが認められ、これを左右する証拠はないから、本件通路上にあるブロック塀、門等の工作物及び樹木は本件通路を通行する妨げとなることが明らかであるから、その撤去を求める請求は本件通路部分のものに限り理由がある。なお、原告らは、本件土地三上に敷設された敷石の撤去をも求めるが、その存在が原告らの囲繞地通行権行使の妨げになるものとはにわかに解しがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、その撤去を求める請求は理由がない。
4 次に、通行妨害禁止を求める請求について判断する。
被告が、原告らが本件通路を通行する権利があることを争い、現実にその一部の通行を妨害していることは前記のとおりである。しかし、それは、原告らに本件通路の通行権が存在しないことを前提として、本件通路上に前記ブロック塀等を設置していることによるものであって、原告らが本件通路について通行権を有することが確定し、現にその通行の妨げとなる塀等の撤去がなされた場合に、なお被告において原告らが本件通路を通行することを妨害する挙に及ぶものとまで認めるに足りる証拠はないから、結局本件通路の囲繞地通行権の確認及び本件通路を通行する上で妨げとなる工作物の撤去が行われれば、被告による妨害状況は終息するものと思われる。従って、これに加えて本件土地三の通行妨害禁止を求める請求は理由がないものと言わなければならない。
三 以上の次第で、原告らの本件請求は、囲繞地通行権に基づき、本件通路について通行権の確認を求める部分及び本件通路上にあるブロック塀、門等の工作物及び樹木の撤去を求める部分は理由があるから認容し、通行地役権に基づく主位的請求及びその余の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法九三条一項ただし書、九二条本文、八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤陽一)
<以下省略>